インド・ニューデリーへ

  

ついにインドのニューデリーにやってきました。インド滞在のためにとっておいた時間は一ヶ月。タイ16日、ベトナム14日、カンボジア10日と比べても破格の長さです。それというのもインドをこの旅行のハイライトとしてとても楽しみにしていたからです。

“インドに行くと人生観が変わる”
“インドに行った人はその後、また何度も訪れるか、二度と来ないかのどちらかだ”

そんなことをよく耳にしました。そんなわけで、インドは実際どうなのか、興味津々でした。

しかしながら、その第一歩のインド上陸の日は、その前のカンボジアで胃腸を壊し、それが回復しないままに迎えるという、事前には全く想像すらしない事態となってしまいました。まったく、旅行は思い通りにいかないものです。

すでに私の頭上とこの先の行程にどんよりとした暗雲がたちこめている感がありましたが、しかし私はそれを振り払いつつ、とにかくまずは予約してある宿へ行かねばならないと思うのでした。

インドのビザ

ところで、インド入国にはビザが必要です。日本で取るか空港でアライバルビザ を取るかですが、私はフィリピン留学に出発する前の1月に東京で取りました。その時には6月3日にはデリーに行くという予定は建てておきました。

インドのビザは有効期限が発給日から6ヶ月と長く、しかも何度でも出入国が可能なマルチビザです。とてもいいビザですが、発給までがやや面倒でした。申請書をオンラインでダウンロードして記入して東京にあるインド・ビザ・アプリケーション・センターに提出するのですが、ネット情報では記入に不備があったり資料が不足していたりでなかなか受け付けてもらえなかったという話を耳にしました。だから私はネットで申請書の記入の仕方を説明しているブログを参照しながら、記入漏れなどのないように気をつけました。それらを準備して行ったら、なんとか無事に一回で受け付けてくれました。数日後にこのようなビザが貼られたパスポートを受け取りました。

カンボジアのもよかったですが、インドのビザもとてもお洒落で素敵です。

 

日本人宿 サンタナデリーへ

インドに行く前に私はあらかじめネットで宿を予約しておきました。サンタナデリーという日本人宿です。インドははじめてで少し不安だったので、やっぱり初めは日本人宿がいいなと思い、初日と次の日の二日間を予約しておきました。デリーのインディラー・ガーンディー空港に着くのが22:00だったので、ピックアップもお願いしておきました。夜間到着の場合、悪質なツアー・タクシー会社が増えるために、宿まで辿り着けない人が非常に多いとのことで、サンタナの人にピックアップを勧められていたのです。

サンタナデリー

無事ドライバーと合流でき、空港の外に出るとムワッという蒸し暑い空気が私を包みました。暑い・・・ずっと飛行機と空港の冷房下にいたうえに、体調のすぐれない自分にはなおさら耐えがたく感じられました。

シェムリアップのときとは違い、今回はトゥクトゥクではなく普通のタクシーでした。空港の検問のような所を抜けるとドライバーは着ていた上着を脱ぎながら、これ着てなきゃいけないんだがここまでくれば大丈夫だ、みたいなことを言ってました。タクシードライバーの制服がわりということなんでしょうが、車の中は冷房もきいてないし、上着は確かに暑そうでした。

空港の周辺を走り過ぎ、しばらくすると気分のすぐれない私は横になってしまいました。おそらく繁華街に近づいたのでしょう、次第に騒がしくなってきましたが、窓の外にぼんやりと見えるデリーの町は不気味なほど真っ暗なのでした。

車はあちらを曲がりこちらを曲がりしながら複雑な道を行くように思われました。一人で来てたら迷ってたかもしれないなと思っていると、やがて車は泊まり、サンタナデリーに着きました。周囲は真っ暗でしたが、ドライバーについて建物を二階に上がるとそこが受付でした。

その夜サンタナには従業員が二人、日本人のおじさんとインド人の青年がいました。その日本人の方にひととおり宿の説明を受けて、それから部屋に案内されました。一番安いドミトリーを予約しておいたのですが、部屋は最上階の屋上にある、六畳もないような部屋にベッドが3台あるだけの簡素なドミトリーでした。すでに先客が二人寝てました。特にセーフティーボックスもなく、荷物はベッドの下に置くしかありません。客は基本的に日本人なので、盗みなどはあまり心配しなかったですが、ただ他の二人もバックパッカーらしく、私と同じく荷物が多くて、三人いると部屋が足の踏み場にも困る混雑ようです。あと今サイトを見ると全室冷房完備のようですが、2016年当時はそのドミトリーには冷房はついてませんでした。天井のファン、シーリングファンがあるだけでした。

シェムリアップの高知家はカプセルホテルのように各自区切られ、セーフティーボックスもあり、冷房もついてるドミトリーだったので、それと比較してガッカリしてしまいました。でも一番安い部屋だししょうがないかと気を取り直し、その夜はそのまま寝ました。客は日本人だけとはいえ、トラブルは避けたいので、貴重品の入ったバックには南京錠をかけました。

 

サンタナデリーでの一日

朝食は部屋の外の屋上で他の客と一緒に食べました。客は多くなくて、私と同室の若者二人と他の部屋に泊まってると思われる客2~3人でした。日本人の舌に合ったメニューだったので、胃腸を壊してる私には助かりました。彼らとお喋りしながら軽く食べたあと、私は町の散策に出かけました。

サンタナデリーはニューデリー駅近くの繁華街、とくに賑やかなメイン・バザールという通りから近く、旅行者には便利な場所に位置していました。ただ土地勘のない私にはサンタナの位置する路地中はやや分かりづらく、場所を忘れないように注意深く記憶しておきました。

サンタナデリーの位置です。

メイン・バザールやそこから派生する多くの路地をぐるぐる回っていましたが、時間が経つにつれ気温が上昇してきて、気分もやはりよくなかったので、あまり探索しきれないまま結局サンタナに戻って来てしまいました。

そのまま横になって休んでいましたが、昼が近づくにつれ気温はさらに上昇していきます。サンタナはWiFiにこだわっているとのことで、ネット回線はとても良好でしたが、それでスマホを使ってデリーの気温を調べて見ると、なんと45度以上ありました。冷房のない屋上のこの部屋はさらに暑いのではないかと思われます。6月はインドでは最も暑い時期なのでした。

蒸し風呂のような灼熱の中で横になりながら、天井のシーリングファンがぐるぐる回るのを見ていたら、空気までゆらゆらと、世界が揺れてくるように感じられました。これはやばい・・・とても耐えられない暑さです。このままこの暑さのなかにいたら体調は悪くなる一方かもしれない。心まで弱くなり、ここインドにあと一ヶ月いなければならないことが苦しくなって、早く涼しいであろうロシアに行きたいと思うのでした。インドに来る前はあんなに楽しみにしてたのに・・・いってみればインドの洗礼を受けたといえるのでしょうが、そうであるとすると、しかしそれはまだまだ序の口なのでした。・・・

心まで折れそうになりながらも、しかしいつまでもそんな状態でいるわけにはいかず、なんとか気を取り直して、とりあえず体調が悪い間は冷房付きの個室に移ろうと思うのでした。ただサンタナの個室は一泊1300ルピー(2020年7月現在1ルピー=1.4円ですが、当時は1ルピー=約2円でした)と高いので、貧乏バックパッカーにはとても手が出ません。なのでネットで探してみましたが、するとサンタナからそれほど離れていないホテルで、冷房付き・個室で1040円というのがありました。約520ルピーで、サンタナのドミトリー500ルピーとほとんど変わらないという破格の安さです。「R.S.インターナショナル」というホテルでしたが、これはいいのではないかと思い、見ていたのはアゴダのサイトでしたが、即明日からの二日分予約しました。

サンタナにいればいざとなれば病院に連れてってもらえるとのことでしたし、そのほうが安心だったのですが、その時にはまだ病院に行くほど悪くはないと思っていたし、できれば病院には行きたくないと思っていました。またサンタナでは日本人と交流できる利点があったのですが、せっかくインドに来たのだから、インドのホテルに泊まってインド人たちと交流したいとも思うのでした。そんなわけで、サンタナにいたのは実質一日だけなのでした。

夜になると暑さもやや和らぎ、体調も落ち着いてきていたので、夕飯を軽く食べに外に出かけました。

 

夜のメイン・バザール

メイン・バザールを歩きましたが、とても賑やかで、これぞインドといった雑然とした雰囲気です。

メイン・バザールはしょっちゅう歩いてました。なのでこの通りの情景は4年経った今でも脳裏に焼きついています。あの喧騒、混雑、熱気、雰囲気・・・とても懐かしいです。

 

サンタナの旅行者たち

サンタナで泊まったドミトリーには私の他に二人若者がいましたが、このインドに、しかも最も暑いオフシーズンのこの時に来ているというだけあって、旅慣れした個性的な人たちでした。

私の右隣の若者は消防署を辞めてきたという人で、柔道が好きらしく柔道着を持っていました。このことからしてすでに変わった人なわけですが、彼はこれまでの旅先で出会った外国人と柔道をしてきたというのです。彼曰く幸運にも柔道経験者と出会い、そこからその外国人に歓待されて多くの人に紹介され柔道をしてきたというのです。

すごい旅をしてるなと心底驚きました。柔道着重くないの?と聞いたら、重いと笑ってました。それもそのはず、バックパックだけで私の荷物と変わらない量で、その上に柔道着です。私は自分の荷物の重さ(およそ大バック15kg、小バック10kg)にヒーヒー言っていたので、彼の荷物の重さは想像を絶しています。やはり柔道をやってるだけあって体力があるのでしょう。

もう一人の若者も旅慣れした感じの人でした。彼はラージャスターンを旅してきたということで、その話を聞いてるうちに私も行ってみたいなと思うようになりました。時間があったら行こうと考えていましたが、しかしその後に起きたことのために旅はラージャスターンどころではなくなってしまったのでした。

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